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明治の吉原炎上新着!!
NHKの「べらぼう」のおかげで、これまで日陰の存在だった吉原が急に観光の目玉になるほど、表舞台に出てきました。その吉原は何度も火事になっていますが、明治にも炎上しました。明治時代、日本は急速に近代化の道を歩み始めました。西洋の文化や技術を積極的に取り入れる「文明開化」が進み、都市は鉄道や洋風建築で装いを変えつつありました。その一方で、江戸時代から続く伝統的な町並みや制度は、新しい時代の波に押されて・・・
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チューリング新着!!
現代の私たちが当たり前のように使っているコンピュータですが、その理論的な基礎を築いた人物こそ、イギリスの数学者・アラン・チューリングです。彼の名は「チューリングマシン」や「チューリングテスト」として今日でも語り継がれていますが、その業績は単なる数学的発見にとどまりません。彼の生涯は、科学の進歩と社会の偏見のはざまで揺れた、深く示唆に富む物語でもあります。アラン・チューリングは1912年、ロンドンに・・・
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墾田永世私財法新着!!
旧暦5月27日は日本の土地制度と社会構造に大きな変革をもたらした重要な出来事の舞台となったと考えられています。それが「墾田永世私財法(こんでんえいせいしざいほう)」の発布です。この法は、奈良時代の天平15年(743)、聖武天皇の治世下で出された法令であり、日本の土地制度の大きな転換点として歴史に深く刻まれています。墾田永世私財法の本質は、「開墾した土地は、一定の条件のもとで私有を永続的に認める」と・・・
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夏至新着!!
夏至(げし)は、二十四節気のひとつで、一年のうちで最も昼の長さが長くなる時期です。2025年の夏至は6月21日。日本ではちょうど田植えの時期とも重なり、農村では季節の節目として意識されてきました。 夏至は二十四節気の中でも特に天文的な意味が強い節気ですが、そこに細やかな変化を与えるのが「七十二候(しちじゅうにこう)」の存在です。七十二候とは、一年を約5日ごとに分けて自然の移ろいを表現したものです。・・・
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南北朝合一新着!!
日本の歴史において、「南北朝時代」(1336年~1392年)は、同じ皇室から分かれた二つの朝廷が対立し続けた異例の時代です。この分裂は約60年にも及び、武家や公家、民衆の生活に大きな影響を与えました。そして1392年、ついに両朝が統一され、歴史上「南北朝合一」と呼ばれる大きな転機が訪れます。南北朝合一は、日本の皇統の正統性や武家政権の安定にとって極めて重要な出来事でした。 南北朝の分裂の発端は、鎌・・・
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役行者(えんのぎょうじゃ)と寛政異学の禁新着!!
旧暦5月24日は、修験道の開祖とされる「役の行者(えんのぎょうじゃ)」こと役小角(えんのおづぬ)の縁日とされています。修験道は、日本古来の山岳信仰に仏教や道教の要素が融合した独特の宗教体系であり、役の行者はその象徴的存在です。この日は、全国の修験道に関わる寺社で法要や儀式が行われ、信仰を集めてきました。役の行者は飛鳥時代の人物で、実在したとされるものの、その生涯には神話的要素が多く含まれています。・・・
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嘘つき解散新着!!
6月18日は、近年の日本政治史において「嘘つき解散」という言葉が国民の間で強く意識された日として記憶されつつあります。これは、安倍晋三元首相が2014年に衆議院を解散した日付であり、その背景にあった発言や説明と実際の政治運営の乖離が、広く「国民に対する裏切り」と受け取られたことによる象徴的な表現です。この「嘘つき解散」は、政治家の発言の重み、説明責任、そして選挙という民主主義の根幹について、私たち・・・
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タージ・マハル新着!!
インド北部、ウッタル・プラデーシュ州アーグラの地にそびえる白亜の霊廟タージ・マハルは、「愛の象徴」として世界中から観光客を惹きつけてやまない建築物です。しかし、この壮麗な建築は単なるロマンの産物ではなく、帝国の栄華と苦悩、そして一人の皇帝の哀惜の物語を背景にしています。タージ・マハルを語ることは、同時にムガル帝国という一大イスラーム王朝の歴史をたどることでもあるのです。ムガル帝国は、16世紀初頭に・・・
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弘安の役新着!!
13世紀末、日本は再び大きな外敵にさらされることになりました。1274年の文永の役に続き、1281年には再びモンゴル帝国(元)による大規模な侵攻が行われました。これがいわゆる「弘安の役(こうあんのえき)」です。この戦いは日本にとって二度目の「元寇(げんこう)」であり、前回よりもはるかに大きな規模で行われました。国難に対する武士たちの奮闘と、自然の力による「神風(かみかぜ)」の伝説が結びついたこの出・・・
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世界高齢者虐待啓発デー新着!!
毎年6月15日は、「世界高齢者虐待啓発デー(World Elder Abuse Awareness Day)」です。これは、世界的に高齢者に対する虐待を防ぎ、その人権を守るために設けられた国際的な記念日です。日本では「敬老の日」があり、高齢者への配慮があると思われがちですが、しかし、世界的に見れば高齢者の尊厳が脅かされることも多く、国際連合(国連)は2011年にその尊厳を守ることを目的とした記念日・・・
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カリフォルニア共和国新着!!
「カリフォルニア共和国(California Republic)」と聞くと、アメリカ合衆国の中のひとつの州、つまりカリフォルニア州の歴史的な別名かと感じる方もいるかもしれません。しかし、この名前は実際には、19世紀半ばにごく短期間だけ存在した“独立国”の名称なのです。その成立からわずか25日で終焉を迎えたカリフォルニア共和国の歴史は、アメリカ合衆国西部拡張のダイナミズムと、メキシコとの関係の中で理・・・
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戊辰戦争の終結新着!!
明治2年(1869)5月18日(旧暦)、箱館・五稜郭に立てこもっていた旧幕府軍が新政府軍に降伏し、戊辰戦争は実質的に終結しました。この日、最後の戦いの地となった五稜郭が開城されたことで、旧来の幕藩体制は完全に崩壊し、日本は新たな時代──明治という近代国家への道を本格的に歩み始めたのです。戊辰戦争とは、慶応4年(1868)に鳥羽・伏見の戦いを発端として始まった明治新政府と旧幕府勢力との一連の内戦です・・・
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ロシア独立記念日(ロシアの日)新着!!
1990年6月12日、旧ソビエト連邦(ソ連)に属していたロシア共和国は、「国家主権宣言」を採択しました。この出来事は、当時の国際社会にとっては一地方の自治拡大のようにも見えましたが、実際には後のソ連解体、そして現代ロシア連邦の誕生へとつながる大きな転換点となったのです。この年、ソ連は多くの問題を抱えていました。経済の停滞や物資不足、軍拡競争の疲弊、さらにペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公・・・
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入梅新着!!
今年は6月11日が入梅(にゅうばい)です。偶然ですが、満月です。満月も雨や雲で見られないかもしれませんね。日本には、四季のほかにも繊細な季節の移ろいを表す言葉が多く存在します。その中でも、という言葉は、梅雨の始まりを告げる静かでしっとりとした響きを持ち、日本人の自然観や生活の知恵を今に伝える言葉です。入梅とは、文字通り「梅雨に入ること」を意味し、気象庁が発表する梅雨入りとはやや異なる、暦に基づいた・・・
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高師直(こうのもろなお)新着!!
高師直は実在の人物ですが、歌舞伎の仮名手本忠臣蔵で、吉良上野介の役名として知られています。高師直は南北朝時代という激動の時代において、権力の中枢で政治と軍事の両面を担った人物のひとりです。足利尊氏の側近として台頭し、足利政権の確立に大きく貢献した存在ですが、その強権的な手腕と急速な権勢拡大は、多くの敵を生み、やがて壮絶な最期を迎えます。高師直の生涯は、南北朝動乱の中に浮かぶ一つの象徴であり、室町幕・・・
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ウィーン議定書新着!!
19世紀初頭、ヨーロッパは長年にわたる混乱と戦争に揺れていました。その混乱の中心には、ナポレオン・ボナパルトの登場と彼のもたらした革命的変革があります。フランス革命(1789)に始まり、ナポレオン戦争へと続いた激動の時代は、既存の王侯貴族の秩序を根底から揺るがしました。こうした状況の中で、ナポレオン失脚後のヨーロッパに安定を取り戻すために開かれたのが、ウィーン会議(1814〜1815)であり、その・・・
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大日本史新着!!
大日本史は、江戸時代の水戸藩が中心となって編纂した日本の正史です。編纂開始から完成まで、実に250年以上を要したこの大事業は、単なる歴史書にとどまらず、近世日本の思想や政治意識、そして国家観を体現した存在として、今もなお高く評価されています。大日本史の編纂が始まったのは、17世紀後半のことです。水戸藩二代藩主・徳川光圀(とくがわ みつくに)が、歴史を通じて人心を正し、徳川家の支配正当性を高めること・・・
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下関条約と台湾占領新着!!
明治時代の日本にとって、日清戦争(1894〜1895)はその後の国際的地位を大きく変える契機となりました。この戦争の終結をもたらしたのが、下関条約(馬関条約)であり、その中で日本は清から台湾を獲得します。これに伴い、台湾への軍事占領が実行され、日本の植民地政策の第一歩が刻まれました。下関条約と台湾占領は、アジアにおける帝国主義的進出の象徴であり、日本近代史の転換点でもあります。1895年4月17日・・・
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寛文印知令(かんぶんいんちれい)新着!!
江戸時代の前期、幕府が全国的な支配体制を固めるなかで、土地に対する権利の確定と整理は極めて重要な課題でした。そのような背景のもと、寛文四年(1664)に発布されたのが寛文印知令です。この法令は、全国の諸大名に対して改めて知行地の確定と文書による確認を命じるもので、幕藩体制下における封建的土地支配の安定を意図した政策として評価されています。「印知」とは、主君が家臣に対して知行地を保証するために与える・・・
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三国干渉――列強の圧力と日本の苦悩新着!!
三国干渉――列強の圧力と日本の苦悩 明治28年(1895)5月10日(旧暦)、日清戦争に勝利した日本は、清国との間に下関条約を締結しました。その条約により、清は日本に遼東半島・台湾・澎湖諸島を割譲し、賠償金も支払うことが定められました。列強の一角に足を踏み入れたかに見えた日本でした。しかしその直後に起こった「三国干渉」は、日本にとって大きな衝撃であり、近代日本外交史の転機となった事件です。三国干渉・・・
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