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「フランス人が切り開いた北米」 第7回(最終回) フランスがアメリカに残したもの ― 言葉・文化・街並みに息づく「ヌーベル・フランス」の遺産新着!!
16世紀、ジャック・カルティエがセントローレンス川をさかのぼって以来、約230年にわたりフランスは北米大陸に「ヌーベル・フランス」と呼ばれる広大な植民地を築きました。1763年のパリ条約によってその大部分はイギリスへ譲渡されましたが、フランスが北米に残した遺産は決して失われませんでした。現在でも、カナダやアメリカ各地にはフランス語の地名、街並み、料理、法律、音楽、そして人々の暮らしの中に、その文化・・・
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「フランス人が切り開いた北米」 第6回 フレンチ・インディアン戦争 ― ヌーベル・フランス最後の日新着!!
18世紀半ば、北米大陸では二つの大国が広大な領土をめぐって対立していました。一方は、セントローレンス川から五大湖、ミシシッピ川流域へと広がるフランスの「ヌーベル・フランス」。もう一方は、大西洋岸に十三植民地を築き、人口を急速に増やしていたイギリスです。両国の対立はやがて武力衝突へと発展し、北米の歴史を大きく変える戦争が始まりました。それが「フレンチ・インディアン戦争」です。この戦争は、ヨーロッパで・・・
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「フランス人が切り開いた北米」 第5回 ミシシッピ川を下ったラ・サール ― 「ルイジアナ」の誕生新着!!
17世紀後半、フランス人探検家たちの関心は、五大湖からさらに南へと向かっていました。その目的は、広大なミシシッピ川の全貌を明らかにし、その流域をフランスの勢力圏に組み込むことでした。この壮大な挑戦を成し遂げた人物が、ロベール・カブリエ・ド・ラ・サールです。彼はミシシッピ川を河口まで踏破し、その流域を「ルイジアナ」と命名しました。この出来事は、北米におけるフランス植民地の歴史を大きく変える転機となり・・・
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「フランス人が切り開いた北米」 第4回 五大湖への道 ― 宣教師と探検家たち新着!!
17世紀後半、ヌーベル・フランスはセントローレンス川流域からさらに西へと勢力を広げていました。その先に広がるのは、ヨーロッパ人にとって未知の世界でした。広大な森林、無数の湖と川、そして多くの先住民族が暮らす内陸部です。この地域を切り開いたのは、黄金を求める征服者ではなく、カヌーを操る毛皮交易商と、キリスト教を伝えようとした宣教師たちでした。彼らの探検によって、五大湖からミシシッピ川へ至る水路が明ら・・・
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「フランス人が切り開いた北米」 第3回 ケベック建設 ― シャンプランが築いたフランス植民地新着!!
1608年7月3日、セントローレンス川を見下ろす断崖の上に、小さな木造の砦が築かれました。この日が、現在のカナダ・ケベック市の始まりです。築いたのはフランスの探検家サミュエル・ド・シャンプラン。彼は「ヌーベル・フランスの父」と呼ばれ、探検家であると同時に、外交官、地図製作者、そして植民地建設者でもありました。シャンプランが築いたケベックは、その後150年以上にわたってフランス領北米の中心として発展・・・
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「フランス人が切り開いた北米」 第2回 セントローレンス川をさかのぼった男 ― ジャック・カルティエ新着!!
フランスが北米への本格的な探検を始めたのは1534年のことでした。その先頭に立ったのが、フランス北西部サン・マロ出身の航海者ジャック・カルティエです。彼は生涯に三度の航海を行い、広大なセントローレンス川流域をヨーロッパへ紹介しました。現在のカナダという国の歴史は、カルティエの航海から始まったと言っても過言ではありません。 16世紀前半、ヨーロッパでは新航路の開拓が盛んに行われていました。スペインや・・・
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「フランス人が切り開いた北米」 第1回 ヌーベル・フランスの誕生 ― 探検と交易が築いたもう一つの北米新着!!
15世紀末から16世紀にかけて、ヨーロッパ諸国は競うように新大陸へ進出しました。スペインが黄金を求めて中南米や北米南部を探検した一方、フランスは北の大地へ目を向けます。彼らが求めたのは金銀財宝ではなく、豊かな毛皮資源とアジアへ至る新たな航路でした。こうして誕生したのが、「ヌーベル・フランス(新フランス)」と呼ばれる広大な植民地です。その領域は現在のカナダ東部から五大湖、ミシシッピ川流域を経てメキシ・・・
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大阪天神祭新着!!
大阪の夏を代表する祭りといえば、「大阪天神祭」です。京都の祇園祭、東京の神田祭と並び、日本三大祭の一つに数えられ、千年以上にわたり受け継がれてきた伝統行事です。毎年7月24日の宵宮と25日の本宮を中心に開催され、祭りのクライマックスには約100隻の船が大川を行き交う船渡御(ふなとぎょ)と、夜空を彩る奉納花火が織りなす幻想的な光景が広がります。大阪の人々は親しみを込めて「天神さん」と呼び、真夏の到来・・・
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「スペイン人が切り開いた北米大陸」 第7回(最終回) スペインがアメリカに残したもの ― 地名・文化・歴史遺産新着!!
1492年のコロンブスの航海から始まったスペインの新世界進出は、16世紀には北米大陸へと広がりました。ポンセ・デ・レオンによるフロリダ探検、コロナドの壮大な遠征、デ・ソトのミシシッピ川探検、そしてサンタフェやカリフォルニアのミッション建設など、約300年にわたるスペインの活動は、現在のアメリカ合衆国の歴史や文化に深い足跡を残しています。普段は英語圏の国という印象が強いアメリカですが、その南部や西部・・・
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大暑 ― 一年で最も暑い季節を健やかに過ごす知恵新着!!
二十四節気の一つである「大暑(たいしょ)」は、一年で最も暑さが厳しくなる頃を表しています。毎年七月二十二日頃から八月六日頃までにあたり、二十四節気では十二番目の節気です。梅雨が明け、青空に入道雲が湧き上がり、強い日差しが大地を照らします。文字どおり「大いに暑い」季節であり、日本各地で最高気温が三十五度を超える猛暑日も珍しくありません。 しかし、大暑は単に暑さを表す言葉ではありません。昔の人々は、こ・・・
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「スペイン人が切り開いた北米大陸」 第6回 サンタフェからテキサスへ ― スペイン帝国北辺の挑戦新着!!
16世紀のスペイン人探検家たちは、黄金都市を夢見て北米大陸の奥地へと進みました。しかし17世紀になると、その目的は探検から「領土を守ること」へと変わっていきます。広大なヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)の北辺を維持するため、スペインは町や要塞、伝道所を建設し、先住民との共存を模索しました。その中心となった町が、現在のニューメキシコ州都サンタフェです。そして、この地域をめぐる攻防は、後のテキサス開拓・・・
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「スペイン人が切り開いた北米大陸」 第5回 十字架が築いた町 ― スペイン伝道所とカリフォルニア開拓新着!!
16世紀に始まったスペイン人の北米探検は、黄金を求める冒険から始まりました。しかし18世紀になると、その目的は大きく変化します。新たな中心となったのは、キリスト教の布教と植民地の建設でした。その象徴が、カリフォルニア各地に築かれた「ミッション(伝道所)」です。これらの伝道所は宗教施設であるだけでなく、町づくりや農業、教育の拠点となり、現在のカリフォルニアを形づくる重要な役割を果たしました。 18世・・・
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夏土用入り2026 ― 季節の変わり目を健やかに過ごす日本の知恵新着!!
2026年の夏土用は、7月20日に始まり、立秋前日の8月6日まで続きます。つまり、7月20日が「夏土用入り」です。毎年よく耳にする「土用の丑の日」は、この土用の期間中に巡ってくる丑の日を指し、2026年は7月26日(日)の一度だけとなります。 「土用」という言葉を聞くと、多くの人はうなぎを思い浮かべます。しかし、本来の土用は、中国の陰陽五行説に由来する季節の節目を表す言葉です。五行では、木・火・金・・・
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「スペイン人が切り開いた北米大陸」 第4回 ミシシッピ川との出会い ― デ・ソト遠征が残したもの新着!!
1541年5月、スペイン人探検家エルナンド・デ・ソト率いる一行は、目の前に広がる巨大な川に息をのみました。幅は1キロメートルを超え、ゆったりとした流れは果てしなく続いています。彼らが目にしたこの大河こそ、現在のミシシッピ川でした。もちろん先住民は古くからこの川を生活の中心として利用していましたが、ヨーロッパ人が記録に残したのはこれが初めてとされています。デ・ソト遠征は黄金を求めた旅でしたが、その最・・・
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「スペイン人が切り開いた北米大陸」 第3回 黄金の七都市を追って ― コロナド遠征の真実新着!!
16世紀前半のスペインでは、「北方には黄金で築かれた都市が存在する」という噂が人々の想像力をかき立てていました。その伝説は「シボラの七つの黄金都市」と呼ばれ、多くの探検家が夢を抱くきっかけとなります。この伝説を信じて北米大陸最大級の探検を行った人物が、フランシスコ・バスケス・デ・コロナドでした。彼の遠征は黄金こそ発見できませんでしたが、現在のアメリカ南西部の地理を大きく明らかにし、後世に大きな足跡・・・
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「スペイン人が切り開いた北米大陸」 第2回 フロリダ発見 ― ポンセ・デ・レオンと最初の北米探検新着!!
1492年、クリストファー・コロンブスが新大陸へ到達した後、スペインはカリブ海や中南米へと勢力を広げていきました。しかし、現在のアメリカ合衆国本土への本格的な探検は、その約20年後に始まります。その第一歩となったのが、1513年にフアン・ポンセ・デ・レオンが行ったフロリダ探検でした。彼の航海は、北米大陸におけるスペイン進出の幕開けとなり、その後100年以上に及ぶ探検と植民活動の礎を築くことになりま・・・
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「スペイン人が切り開いた北米大陸」 第1回 北米大陸に挑んだスペイン人探検家たち ― 黄金郷を求めた100年新着!!
今回から、アメリカ建国に至る前のヨーロッパ人による「開拓」の歴史を紹介していきます。まず最初はスペインです。 1492年にコロンブスが新大陸へ到達すると、スペインは未知の世界への探検を次々と進めました。当初の関心はカリブ海や中南米に向けられていましたが、16世紀になると、その舞台は現在のアメリカ合衆国を含む北米大陸へと広がっていきます。探検家たちを突き動かしたのは、「神(God)、黄金(Gold)・・・
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コロンブスの評価新着!!
コロンブスは昔はColumbus、Columbiaといえば「アメリカ初」という意味がありました。首都ワシントンのWashington, D.C.はDistrict of Columbiaという意味です。そもそもコロンビアという日本英語がいつからなのか不明ですが、英語を聞いたまま書くならコランビアです。コロンブスはイタリアのジェノヴァ出身で、彼の元々の姓名はクリストーフォロ・コロンボでした。しかし、・・・
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私が思う米国史新着!!
これまでアメリカの有名都市をご紹介してきました。今回から、歴史もご紹介しようと思います。ある国や地域を知るには、その土地の文化を知ることが第一ですが、その文化を形成してきた地理的条件や歴史を知ると、より深い理解が得られます。 歴史というのは、教科書で習うものは政権が都合のよいように書いたものであり、政権が変わると内容も変わります。日本は太平洋戦争により、その経験を味わいましたが、実は明治にも大きく・・・
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Martha's Vineyard ― 「みんなが手話した島」が伝える共生の歴史新着!!
アメリカ東海岸、マサチューセッツ州ケープコッドの南約10キロ沖に浮かぶマーサズ・ヴィニヤード(Martha's Vineyard)は、美しい海岸線や灯台、緑豊かな自然に囲まれた島です。面積は約230平方キロメートル、エドガータウン、オークブラフス、バインヤードヘブンなど六つの町からなり、夏には世界中から多くの観光客が訪れます。歴代アメリカ大統領や著名人が避暑地として利用することでも知られていますが・・・
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