ことばの日


ことば

語呂合わせで5月18日はコ(5)ト(10)バ(8)の日だそうです。コトバには言語という表現もあります。これはlanguageに相当する訳語です。それで専門用語には言語という表現が一般的に使われます。speechという表現はさらに意味が広く、発話、演説、言論など分野ごとに訳語がありますが、「話すこと」という抽象的な意味です。発話をとくにutteranceという専門用語で表現することもあります。このように意味が分化し、いろいろな用語がある、ということはそれだけ関心が高いともいえます。

ことばが人間だけのものか、という議論は昔からありますが、人間という種で発達した能力であることに異論はありません。一方で、人種や地域や宗教などで分化していて、それが争いの種になったり、仲良くなったりする要因でもあります。そして統一かはできない一方で、集団で共有しなければならない、という存在でもあります。しかし個人として思考をまとめたり、考えたりするのもことばがないとできません。内心というのはことばですることです。感情もことばで表さないともやもやが残ります。誰かに相談したり、大きな声で叫んだりして、ことばにするとすっきりします。

何か争いごとがある場合、話し合うことが大切で、話し合いで解決できないと喧嘩になったりします。国同士が喧嘩すると戦争になります。しかしその話し合いが難しいのです。お互いが主張しあうだけではだめで、力関係で一方的な説得では話し合いという表面的な行動があるだけで、双方が納得するのはなかなか困難です。

法律もすべてことばで表現されます。ことばで表現された法律が成文法ですが、それ以外にことばで提示されていない慣習とか文化なども人間の行動を制限しています。実際は慣習や文化もことばで示されていることが多いのですが、その意味がその集団内でしか共有されておらず、他の集団が理解、納得していないと争い、つまり文化衝突が起こります。「当たり前」「常識」として表現される意味内容が共有されていないわけです。この共有化という過程は成育と共に自然に共有される場合は問題が少ないのですが、何らかの強制的手段で共有化しようとすれば、当然、不満と争いとなります。話し合いといっても、内容は等質でなく、話し手は説得、受け手は納得という別々の行為を相互に繰り返すことなので、一方が話すばかり、他方は聞くばかりでは話し合いになりません。よくある相談という場合は、受け手は納得しているのではなく、話すという行為を受け止めているだけです。ですから納得できないからと言って反論することは話し合いになってしまい、相談ではなくなってしまいます。相談の中には説得を含むものもありますが、それには話し手の説得力が相当必要になるのはそのためです。このコラムもことばを利用しています。

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