日本の被占領


GHQ

若い人の中には日本が連合国軍(英米軍の他にフランス、中華民国、ソ連やオランダなど17か国だが実質英米軍)に占領されていたことを知らない人もいるようです。極端な場合ですが、日本とアメリカが戦ったことすら知らない人もいるとか。広島と長崎の原子爆弾はどこが落としたのだと思っているのでしょうね。

1945年9月2日に日本は正式に降伏文書に署名し、そこから日本は英米軍の占領下になり、連合国軍最高司令官マッカーサー元帥がアメリカ大統領トルーマンから全権を委任され、連合国軍最高指令官総司令部General Headquarters=GHQを設置し、独裁的に日本全土を支配しました。この支配は1956年4月28日のサンフランシスコ条約締結まで続き、この年間を占領時代と呼んでいます。英語ではOccupied Japanといいます。そしてこの占領期間を過ぎて日本は再独立したのです。諸外国であれば、この日を「独立記念日」として祝日とするはずです。実際、隣国の大韓民国は日本の統治から離れたとして光復節という名で独立記念日を祝日としています。台湾は事情が異なりかなり複雑な歴史です。1945年に日本統治は終わりましたが、台湾独立運動は起こらず、中華民国への「祖国復帰」を多くの台湾人が大きな抵抗もなく受け入れました。実際に中華民国による統治が始まると、台湾人の多くは腐敗した国民政府に失望し、台湾人と「中国人」の違いを次第に自覚するようになりました。戦後の台湾独立運動は、このような出発点に立ち、中華民国体制を克服し、大陸の中華人民共和国による支配をも拒絶する運動、即ち「中国人」ではなく「台湾人」として生きるための運動として展開されていて、今もその中にいます。

被占領下の日本では多くの体制変更が行われました。まず憲法改正(形式的には大日本帝国憲法から日本国憲法へ)、皇室改革(天皇の地位と多の皇族離脱)などがあり、政治的には女性の解放、労働者の団結権の保障、教育の民主化、秘密警察の廃止、経済の民主化に伴う法改正が行われました。また財閥解体や農地改革が行われ、経済体制が一変し、その影響は現在まで続いています。これらの一連の改革は連合国軍の強制的措置によりなされたもので、その効果については当然良い面もあれば悪い面もあるわけで、再独立後に徐々に法改正が進められてきていますが、根本となる憲法改正がないため、ちぐはぐな法制度になっている点は否めません。

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