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夏土用、そして畠山の乱
水無月二十二日は夏土用の入りです。令和4年の夏土用は7月20日から8月6日までです。土用は季節の変わり目で、年4回あるのですが、鰻との関係か、夏土用が一番よく知られています。その土用丑の日は7月23日になります。今の時期に夏土用が季節の変わり目というと、これから本格的な夏、という感じになるかもしれませんが、太陽太陰暦でいう季節では夏土用は夏から秋への変り目ということになります。土用の頃には海の波も・・・
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正倉院と廬舎那仏
天平勝宝(てんぴょうしょうほう)8歳(756)水無月二十一日、聖武天皇の遺品が東大寺蘆舎那仏に献納され、後にこれを収納する為の正倉院が建立されました。聖武天皇は大変な人生を送られた方で、文武天皇の第一皇子として生まれ、7歳で父と死別、母が心的障害に陥り、やがて病気が平癒した母との対面を果たしたのは37歳の時でした。こうした事情のため、父方の祖母である元明天皇(天智天皇皇女)が中継ぎの天皇として即位・・・
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海の日
7月18日は海の日です。国土交通省の実施要領によれば「平成8年、海の恩恵に感謝するとともに海洋国日本の繁栄を願う日として「海の日」が祝日となりました。世界の国々の中で「海の日」を国民の祝日としている国は唯一日本だけです。」だそうですから、国民にイマイチ意味がよくわからないのも無理はないです。2021年は東京オリンピックの開会式の予定日の前日の7月22日(木曜日)に変更されました。しかし決定がカレン・・・
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日米修好通商条約と捕鯨
安政5年(1858)水無月19日、日米修好通商条約Treaty of Amity and Commerce Between the United States and the Empire of Japanが日本とアメリカの間で結ばれました。先の琉米修好条約がConvention 出会ったのに対し、Treatyとなっている点に注目してほしいところです。日本語訳はどちらも条約としていますが、微妙なニ・・・
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足高の制と大岡越前
享保8年(1723年)6月18日江戸幕府8代将軍・徳川吉宗が足高の制(たしだかのせい)を施行しました。江戸幕府では各役職には各々禄高の基準を設けられていました。たとえば大目付・町奉行・勘定奉行は3千石となっていました。それ以下の禄高の者が就任する際に、在職中のみ不足している役料(石高)を補う制度が「足高の制」です。八百石の旗本が基準高3千石の町奉行に就任した場合は、在職期間中に限って幕府から不足分・・・
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琉米修好通商条約
琉米修好条約(りゅうべいしゅうこうじょうやく)Convention between the LewChew Islands and the United States of Americaとは、1854年7月11日(咸豊4年・嘉永7年6月17日)に琉球王国とアメリカ合衆国が締結した条約(Wikipedia)です。1858年に日米修好通商条約が結ばれることになる前哨戦なのですが、日本史で習うことは稀・・・
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パリ祭(フランス革命記念日)
7月14日はパリ祭です。なぜ外国のローカルな祭りを取り上げたかというと、歴史的に日本人に影響を与えてきたからです。パリ祭というのは日本だけの呼び名で、現地フランスでの名称はFete nationale francaiseつまりフランス国民の祭典ということで革命記念日とか建国記念日というのが正しいのです。なぜパリ祭になったかというとwikipediaによれば「ルネ・クレール監督の映画 『Quator・・・
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承久の乱
承久3年(1221)6月15日に承久の乱が終結します。今年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は承久の乱で終わるらしいですから、ネタバレにならないように事実だけを知っておくと、ドラマが一層楽しめると思います。 承久の乱は後鳥羽上皇が鎌倉幕府執権の北条義時に対して討伐の兵を挙げて敗れた戦です。上皇の院宣で討伐対象として挙げていたのは義時であったが、北条家は鎌倉幕府全体への攻撃であるとして東国御家人た・・・
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住吉の潮湯
旧暦6月14日に大阪の住吉神社で「潮湯」という伝統行事があるそうです。正しくは住吉御神輿洗神事(すみよしみこしあらいのしんじ)というのだそうですが、住吉祭に使う御神輿を海水で清めるという神事です。解説によると「住吉大社夏祭はこの神事から始まり、夏越(なごし)祓神事、堺への神輿渡御祭へと続く。七月の「海の日」、住吉公園で神輿を祓い清める式である。南港の沖で汲んだ海水で禊を行う。この汐を浴びると病が治・・・
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最後の遣隋使
旧暦6月13日にはいろいろな事件がありました。天宝15載(756)安禄山らの蜂起により唐の皇帝玄宗が愛妾・楊貴妃を伴って都落ち。天正10年(1582)山崎の戦いで羽柴秀吉が明智光秀を破る。光秀は敗走中に雑兵に刺殺される。どちらも悲劇的な結末です。延暦13年(794年)桓武天皇の命を受けた坂上田村麻呂が蝦夷征討に出発。戦いの幕開け。慶長20年(1615)江戸幕府が一国一城令を布告。あまり重要視されて・・・
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納豆
7月10日は予想通り納豆の日です。昔、日本史の年号を覚えるのに平城遷都を「納豆食べておならする」というのを今でも覚えています。歴史といえば年号覚えみたいな感覚があって、何の意味があるのかわからないままテストのために覚えていました。今から見ると西暦で覚えると時間的経過が分かりやすいので、そういう感覚が浸透したのだと思いますが、歴史とは時間的な経過だけが問題ではないので、もっと中身をきちんと学習すべき・・・
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ジェットコースター
7月9日は昭和30年後楽園に初めてジェットコースターが設置されたのを記念するジェットコースターの日だそうです。ジェットコースターというのは和製英語で外国ではroller coasterといいます。ジェット機のように速いというイメージからつけたそうで、当時は「少年ジェット」という漫画があったように速いものに何でもジェットをつけたようです。本当のjetは噴流のことで、ジェットエンジンというのは噴流を出・・・
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質屋の日
7月8日は質屋の日だそうです。例によって語呂合わせです。シチヤと読むのは共通語で関東方言がベースになっているのですが、西日本ではヒチヤと訛るのが普通です。この訛りという考え方もそろそろ考え直したいです。言語学的には訛るというのは変化であって、地域的・歴史的に言語はつねに変化していくものなので、共通語そのものも変化していくと考えます。訛りというのは標準語という思想があり、標準からはずれている、という・・・
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小暑と七夕
「七においた」をどう読まれますか。「タナにおいた」「シチにおいた」の読み違いが落語のネタになっています。「あんたはモノを知らんなあ、七とかいてタナと読むだろうが。七夕のタナやないか」と言われてどのような反論をされますか。実は古文書にはこういうアテ字がよく使われています。今でも八百屋さんが「白才」「キャ別」と書くことがよくあります。音に合わせて易しい漢字に充てるのがアテ字です。北海道の地名などアイヌ・・・
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記念日を考える
「この味がいいね」と君が言ったから、7月5日はサラダ記念日。 俵万智の有名な短歌ですが、短歌の世界だけでなく諸方面に衝撃を与えました。短歌は俳句と違い季語も不要ですし、和歌は俳句よりも歴史が古いにも関わらず、自由度が高いのが特徴的です。日本の歴史上もしきたりにうるさくなったのは武家社会になってからで、貴族社会は道徳も緩く、それが雅とされてきた感じがします。和歌の時代は恋愛がテーマの中心で、俳句にな・・・
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ビキニと水爆
7月5日はビキニの日です。ビキニといえば女性の水着をまず連想すると思いますが、そのビキニ水着をフランスのルイ・レアールが初めて発表したのが、1946年のこの日でした。なぜビキニかというと、その4日前の7月1日にアメリカがビキニ環礁で水素爆弾(水爆)の実験を行ったことにちなんだもので、水爆が与えた衝撃と同じくらいすごい衝撃を与えたことに由来するとされています。今では見なれた水着で、もっと露出が過激な・・・
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独立記念日
7月4日はアメリカの独立記念日です。アメリカでは独立記念日Independence Dayと呼ぶことよりもJuly Fourth あるいはFourth of Julyと呼ぶことの方が多いです。わざわざ日付で呼ぶのは、それくらい重要な日という意味です。お祝いなので“Happy Birthday, America”と言う人が多く、国家は歌いにくいのでBeautiful Americaという第二国歌とも・・・
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宝治合戦と三浦一族の滅亡とその後
宝治元年(1247)水無月五日、鎌倉で起きた幕府内の内乱が宝治合戦です。この合戦に負けた三浦氏は滅亡し、北条が幕府の執権として完全掌握することになる事件です。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』ではどうやら承久の変で終わるようなので、以後の御家人同士の内部分裂と北条氏の支配までは行かないようです。以前のコラムに書きました和田合戦は建暦3年(1213)で和田義盛の反乱ですが、北条義時の時代ですから、大・・・
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半夏生
水無月四日は半夏生(はんげしょう)です。二十四節気ではなく雑節の一つなので知る人ぞ知る季節です。七十二候の1つ「半夏生」(はんげしょうず)から作られた暦日で、かつては夏至から数えて11日目としていました。理科的には黄経100度の点を太陽が通過する日で、太陽暦の7月2日頃です。夏至や冬至、春分、秋分と考え方は同じですが、きっちりした時点ではないのですが、季節的にいろいろな変化がみられるので、伝統的な・・・
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黒船来航
嘉永六年(1853)水無月三日、マシュー・ペリーが率いるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦船4隻が江戸湾入り口の浦賀沖に停泊し、一部は測量と称して江戸湾奥深くまで侵入した事件が起きました。7年前、ジェームズ・ビドルが来航したのですが、開港に失敗し、その結果を理解したアメリカは、今度は最初から脅す戦略に出たのです。そのこわもて外交の結果、幕府はペリー一行の久里浜への上陸を認め、そこで・・・
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